NYRebekka

彼と彼女とニューヨーク

 

ちょうど4年前のこの時期、わたしはNYにいた。いろいろあって決めた滞在で、英会話スクールに通い、色んなひとに会い、ときには引きこもり、NYでいちばんのパンケーキを探すために北へ南へブランチへでかけ、ハッピーアワーで1ドルのバドワイザーを飲んだ。海外でひとりでいることに慣れたのは、ひとえにこの期間があったからだ。愛想笑いなんてしなくてもいいのだと知ったのも、欲しいものはちゃんと欲しいと口に出さなければいけないのだと気づいたのも。

 

☆☆☆☆

 

彼女とは、NYに着いて1週間後にでかけたMeetupで知り合った。国際交流かLanguage EcxhangeのMeetupで、時間通りにユニオンスクエア近くのバーを訪れたけれどそこには主催者はじめまだ誰も来ておらず(おい)、うろうろとそれらしき人々を探して所在無さげにしていたのがわたしと彼女だった。

 

先にNYに来ていた旦那さんの後から移住したばかり、というドイツ人の彼女はいま考えればドイツアクセントの英語を話していたのだけれど、当時のわたしにはそれが完璧な英語に聞こえてわぉ、と思った。わぉ、わたしもこんなふうに話せるようになるんだろうか。それにしても、時間通りにくるのは日本人とドイツ人って本当なんだねとふたりで笑ったことを思い出す。

 

4ヶ月という短い滞在のあいだ、彼女と彼女の旦那さんとはたくさんの時間を過ごした。NYマラソンを見物し、ブランチを食べ、ワシントンスクエアパークでコーヒーを片手にピアノマンー本名は知らない。公園でいつもグランドピアノを弾いていたパフォーマー氏ーの演奏を聴き、彼と彼女が住むBrooklynのおうちに遊びに行った。お互いNYに来たばかりで、カルチャーショックを受ける時期だったからだろう、よくNYの悪口を言って盛り上がった。それでもお互いこの街が好きなことはよく知っていたから。

 

4年ー。あっという間なのかそれともものすごく長い時間が流れたのかよくわからない。けれど先日、わたしの知人のひとりが彼女が働いているインターネットメディアの日本オフィス初代代表になったというので久しぶりに彼女にメールを書いた。こんなことってあるんだね、彼、わたしの知人なんだよと。

 

しばらくたって彼女から返信がきた。彼女はいまも旦那さんとともにBrooklynの”Hip”なエリアに住んでいるらしい。それにしてもsmall worldだね、と彼女は言って、そうそう、”Robataya“って日本料理のレストラン覚えてる?と聞いてきた。

 

「あなたが最初にわたしたちをあのお店に連れて行ってくれたでしょう?あのあと何回かふたりで行ったんだけど、そのたびに最初にあなたとここに来たときのことを思い出すよ」

 

ふいをつかれたわたしは、ほんの一瞬息が止まった。そしてその刹那、色んな感情が押し寄せる。なつかしさ、せつなさ、嬉しさ、そして少しの情けなさー。

 

あぁ、何でわたしはこんなことも気づかずにいたんだろう。わたしがときどき彼や彼女を思い出して胸があたたくなるのと同じように、彼らだってわたしのことを思い出してくれているのだ。それは思いつくかぎりのどんな贈り物よりわたしの心を満たしてくれた。世界中のどこかに住む誰かの想い出の一部に自分がいて、それをときどき思い出してくれている、それ以上に素敵なことがあるだろうか。

 

NYのEast Villageにある小さな日本料理のレストラン。きっと彼と彼女はこれからもそこに行く度にわたしのことを思い出すだろう。わたしが街でNYの何かー雑誌や、本や、ファッションやーを見るたびに、彼らと過ごした時間を思い出すように。自分なんて、とちっぽけな気持ちになるとき、居場所がないと心細い気持ちになるときは、そんな彼や彼女のことを思い出そう。いいじゃない、だってわたしはもう誰かの心のなかに住んでいるのだから、と。


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