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【VOL.14】”Un café et un pain au chocolat, s’il vous plaît!”

 

ネットもガイドブックもなるべく見ない。本も持っていかない。考えない。そして、書かない。

 

普段はいつも何かを読んだり、考えごとをしたり、書いたりしていることの多いわたしだが、この1ヶ月はそれらをやめようと思っていた。画家の一生を本で予習してから絵を見るのではなく、ただ何も知らない状態でその絵を前にしたときに自分は何を感じるかを知りたかった。いつもは活字でいっぱいの頭のなかが空っぽになったとき、そこにふと浮かぶ言葉は何なのかを知りたかった。

 

頭でっかちな自分に疲れていたのだ。とても。絶えずやまない、頭のなかのおしゃべりにほとほと嫌気がさしていた。

 

ここでは言葉がわからないというのも、よかったのだろう。普段は当たり前のように言葉に頼る場面でも、それができない。だからカフェで、美術館で、地下鉄やバスで、目の前のひとに全身で伝えなければならなかったし、相手を全身で理解しようとした。なんというか、体の肌表面ぜんぶを、相手に向ける感じ。

 

そうして1週間も過ごしていると、いつもはオフになっている何かのスイッチもオンになるのだろうか。自分がいちいち頭で考えなくても、静かにものごとが展開していく感覚を味わうようになった。必要な出逢いがすっと差し出される。ふと曲がった道の先に行ってみたかったお店がある。目の前のひとから欲しかった情報が唐突にもたらされる。

 

そうこうしているうちに、今度は「頭」ではなく「体」が納得する感覚がわかってきたのだ。あのときチホコさんのひとことを受けて「胎」や「肚」でわかった、と思ったように。

 

☆☆☆☆

 

シスターが『ルルド』と『モン・サン=ミシェル』と言ったときは、行くべきなのかもって思ったんだけどなぁ。

 

翌朝、マドレーヌ寺院近くのカフェでエスプレッソとパン・オ・ショコラを食べながら—オーダーするときは”Un café et un pain au chocolat, s’il vous plaît! ”(アン カフェ エ アン パンオショコラ,シルヴプレ)。あいさつ以外でいちばん使ったフランス語―昨日のことを思い返していた。あのあとお得意の「頭」があれこれ言い出したってことは、本心ではそこまで行きたくなかったということだろう。本当に行きたかったら、考える間もなく「行く」と決めていたはずだ。

 

「すみません、コインがたまりすぎたので使うの手伝ってくれますか?」。朝の忙しい時間帯を過ぎていたからか、カウンターのなかでスマホを眺めていた若いギャルソン氏にお願いすると、わたしが差し出した大量のコインを1枚1枚数えてお会計を済ませてくれた。教訓。そろそろ紙幣ばかり使ってないでコインの種類を覚えるべし。

 

“Merci, au revoir.”(ありがとう、さようなら)

 

“Au revoir.”(さようなら)

 

大丈夫、またフランスに来ればいいだけの話だ。ルルドもモン・サン=ミシェルも、きっと必要なタイミングで行けるときがくるだろう。

 

カフェの目の前の横断歩道を渡りながらそれにしても、と振り返る。

 

彼は今のところパリで見かけたメンズのなかでいちばんのイケメンだな。


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