【VOL.20】「そばにいさせて」

 

―“どうして?”

 

―“どうして忘れていたのですか?”

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・神さまのそばにいたい」

 

 

万感胸に迫る、とはこういうことをいうのだろうか。よろこび一色でもない、哀しみ一色でももちろんない、色とりどりの感情の波が胸の奥から湧いてきて喉へ向かい、頭のてっぺんから抜けていく。見上げた先はまだ明るいアルルの空だ。風が頬をなでる。全身の細胞が、魂が、100年の眠りから覚めてはじめてときを刻みはじめたかのようだった。

 

「・・・・・おそばにいさせてください・・・・・・・・」

 

多少なりとも文章を書く人間であれば、身のうちに生まれることばがどこからやってきたかはわかるものだ。そして、これはわたしのなかから湧いてきたことばではなかった。集合無意識につながった?このサン・トロフィーム教会で何世紀にも渡って積み重なってきた空気のなかの何かにつながった?それとも自分の前世のようなものを覚えている細胞が反応した?わからない。けれど、これが自分のことばではないことだけはわかった。どこからかやってきたことばがわたしを通り抜けたのだ。どうして忘れていたんですか、神さまのそばにいたい、と。

 

―そばにいさせて、って…今生では思ったことすらないよ。

 

冷静にながめる自分と、いまにも両手を広げて踊り出したい自分がいる。そうだよ、どうして?どうして忘れていたの?もうきっと忘れないよ―。

 

何時間でもいい、ずっとここにいたいと願った。

【VOL.19】回廊

かつてゴッホが住んでいた、という程度の認識しかなかったアルル。Booking.comで見つけた誰かの邸宅を改装したという小さなホテルのかわいらしく整った部屋に荷物を運び入れ、木枠でできた窓を思いっきり開け放つ。パリではコートが手放せなかったけれど、ここでは汗ばむほどの陽気だ。夕方だというのに、陽射しはまだ衰える気配がない。

 

これが南仏か―。

 

新しい街に着いた高揚感は、まるで一人前の魔女になるために故郷を離れ見知らぬ土地に部屋を見つけたときの13歳のキキのようだった。ここには何があるんだろう?どんな街なの?そしてわたしは何を経験するんだろう?

 

あけっぴろげな好奇心が自分のなかからムクムクと湧いてきて、みるみるうちにからだ中に行き渡りエネルギーに変わるのがわかる。そのあからさまな反応に我ながらおかしくなってこらえきれずにひとりで笑った。あーあ、本当に、わたしにとっては好奇心が最大の元気の源だな―。

 

窓から身を乗り出すと目の前にはレアチュー美術館、下の通りにはカラフルなイスが無造作に並べられたカフェのテラス席が見える。夕ごはんのお店を探すついでに、まずは散策からはじめよう。パリでは出番のなかった薄手のシャツに着替えてなかなか閉まらない旧式の鍵―ファンタジーに出てきそうなあの古めかしいかたちのもの―と格闘したあと、かすかにかび臭い階段を一気に駆け下り、ホテルの裏通りに飛び出すと大股で歩きだした。

 

 

☆☆☆☆

 

アルルの太陽が燦々と降り注ぐレピュブリック広場。かつては闘技場のなかにあったというオベリスクがその中心にすっくとそびえ立ち、時計台の着いた市庁舎にはすでにひとの気配もない。

 

数人のティーンエイジャーが座っておしゃべりを交わすその広場に面して、サン・トロフィーム教会はあった。この教会のことは―もちろん―事前に何も調べていない。ロマネスク式の教会?中庭に入れるの?じゃあ、入ってみようか。

 

入り口で入場料を支払い、とくに期待もせず回廊に足を踏み入れたその瞬間、

 

―ふわぁぁぁ。

 

初めての感覚だった。まるで目を伏せていた全身の細胞がいっせいにわぁっと顏をあげたような、そのひとつひとつが久しぶりに太陽の陽射しをあびて喜んでいるような―、これは、そう、何て言えばいい…

 

「・・・魂がよろこんでる」。

 

そのときだった。

【VOL.18】車窓から

 

パリから南仏を経由して、イタリアに抜ける―。

 

旅のルートに関してはそれしか決めていなかったわたしが、結局、つぎの滞在地をアルルに決めたことにとくに積極的な理由があったわけではない。ルルドにもモン・サン=ミシェルにも行かないと決めてしまえば、あとは南仏に向かうだけだった。もうすっかりなじんだホテルのベッドで、みどりさんから借りてきた「南仏の歩き方」をめくりながら候補地を眺める。

 

ニース、マルセイユ、モナコ、カンヌ、コート・ダジュール…。

 

文字にしただけでもう、南仏の陽気な陽射しや蒼い海が目の前にひろがるような街々。見どころやレストラン、おすすめのホテルが紹介されたページを何度も読み返す。

 

―もう、サン・レミ・ド・プロヴァンスもサロン・ド・プロヴァンスも行く必要ないしなぁ。

 

「ノストラダムス」ゆかりの土地だというその2つの街のいずれかにこっそり足を伸ばそうかと思っていたけれど(いくらなんでもひとには言えない)。「ノートルダム」の聞き間違いだったと気づいたいま、とくに行く理由もモチベーションも湧いてこない。

 

そうしてページをめくりながら、ふと指がとまった。アルルか…。

 

―南仏っぽい小ぢんまりしたかわいい街だって聞いたことあるし、もうここでいいか。このあと海沿いを移動してイタリアに行くにも位置的に便利そう。

 

もうこれ以上、本を眺めても一緒だろう。起きあがってMac book airを開き、アルル行きのTGVのチケットをとる。明日にはもうパリを発つという日の朝だった。

 

人生を振り返って「もしも」なんて考えることの無意味さは十分に分かっている。けれど、それでも「もしも」このとき、他の街へ行くチケットを選んでいたらどうなっていたのだろう?

 

海辺の教会で胸が震えたあのできごとには出逢えなかったのだろうか。ここに来たことを一生忘れないと誓ったあの場所まで足を伸ばすこともなかったのだろうか。それとも何らかのかたちで同じ場所にたどり着き、同じように泣いたのだろうか。

 

いまとなってはわからない。

 

☆☆☆☆

 

パリ・リヨン駅発、アルル行きの電車に文字通りギリギリ飛びのったわたしは―誇張ではなく、出発まで残り5分をきっていた―、自分の席についてしばらくぐったりしながら息を整えていた。隣の席には大学生とおぼしき女性が盛大に足を投げ出して眠っている。窓からの陽射しをさえぎるでもなく、むしろ燦々と浴びて、大きく開いたTシャツの胸元がもう赤くなっていた。こちらのひとたちの日光を浴びることへの貪欲さといったらない。短い春と夏を全身で享受しているのだろう。

 

それにしても―。

 

ひと心地ついて、都会から郊外の景色へと変わった窓の外を眺めながら思い返す。帰国したら、聖母マリアとマグダラのマリアについて調べてみよう。この西洋史上最も有名なふたりの女性に、後世の人間がいったいどんな役割を負わせてきたのか。そこにはきっと、現代の女性像にも通じるヒントのようなものがあるはずだった。

 

なかば自動的にここまで考えて、ほんの少し苦々しい気持ちになる。結局わたしは「女性の生きかた」について考えることから、逃れられないのだろうか。もう嫌だと何度も思ったのに、結局また自分からこんなテーマを見つけてきてる。

 

考えない、という自分に課した旅のルールを破って頭は猛烈に考えはじめていた。

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