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【VOL.11】祈り

 

もしも「祈り」というものが目に見えるとしたら―。

 

その場を埋め尽くすシスターに圧倒されつつも、チホコさんとふたり着席できるイスを求めて移動しながら思う。

 

もしも「祈り」というものが目に見えるとしたら、いまここにある祈りは澄んだ水―泉の色だ。森のなかでただ静かに湧き出て、あたりを潤す泉。

 

―清純。

 

そして心に浮かんだのはそんなひとことだった。いったい誰がこの場所を「息苦しい」なんて言ったの?そんなものはいま、ひとかけらもない。

 

「せっかくだから、カタリナ・ラブレの聖遺骸(ご遺体)の近くにまいりましょう。席も前のほうが空いてます」

 

チホコさんにうながされて、前方向かって右側の通路をいそいそと進む。シスターたちを差し置いて前のほうに席をとるのも若干気がひけたけれど、そこは好奇心がわずかに勝った。もちろん、あくまで失礼のないように。ほかにもちらほらわたしたちのような部外者(?)も交じっているようすなので、とにかく閉め出されることはないようだし。

 

ここで聖なるお告げを聞いたというカタリナ・ラブレの聖遺骸は、なんと没後130年あまりたったいまも腐敗することのない状態でここに安置されているという。「いや、どうせそういう処理のしかたをしてたんでしょうよ」と半信半疑で聞いていたわたしだが・・・前から3-4列目のイスに座ったいま、そのお姿がはっきり見える。

 

まるで、いま、ちょうど眠りに落ちたかのよう。

 

聖母マリアが出現したという祭壇の下、ガラスの棺のなかで手を合わせる聖遺骸を前に、わたしはしばし呆然としていた。

 

祈りって、なんなの。

 

☆☆☆☆

 

「祈り」というものをはじめて意識したのは、3.11、あの東日本大震災のときだった。茨城県の北部に位置する実家と連絡がとれなかった数時間、そしてこの世のものとは思えない映像をうつしだすTVを夜通しみていたあのとき—迫りくる黒い大波、不気味に燃えさかる炎—、できることといえばただ「祈る」ことだけ。

 

無力だった。それはもう、一寸の余地もないほど。後にも先にも、あれほど強烈な無力感を味わったことはない。

 

「祈っていてね」。

 

いま何ができなくてもいい、だけど、祈っていてね。

 

あのとき、ようやく連絡がとれた母はいった。うちは「被災した」なんてとてもじゃないけれど言えない程度の被害だ。けれどその後1週間、電気も水道も止まり食料も手に入らないという状況をただ見守るしかないなかで、祈るだけでいいから、というそのひとことでどれだけ救われただろうか。

 

奇跡が起きたというこの美しい教会で、祈りに囲まれながら思う。

 

わたしは、このわたしの祈りが大切なひとを救うというならここで何時間だって祈るだろう。ひざまずき、一心不乱に。そしてわたしの大切なひとたちも、彼ら彼女らの祈りがわたしを救うというなら、きっと同じように何時間だって祈ってくれるだろう。

 

祈りの力が本当にあるかはわからない。目の前のカタリナ・ラブレほどの信仰心を持ってすれば、それは死後130年経っても朽ちないからだを手に入れられる程のパワーになるのかもしれない。けれど、聖女でないばかりか俗世間の煩悩にまみれまくったわたしにとって、そんなことは不可能だろう。

 

でも―。

 

深呼吸をして、こうべを垂れながら胸に刻む。

 

わたしには、どうかこの祈りが届きますようにと心から願うひとたちがいる。そして、同じように心から願ってくれるであろうひとたちがいる。

 

そう信じられることが、この身の力にならないわけがない。

 

「いま、こうしてここにいられることに感謝します。どうかここにいるみなさんと、その大切なひとたちの願いが叶いますように」。

 

手を合わせた相手が誰なのかー聖母マリア?カトリナ・ラブレ?ーそれは自分でもわからない。でも1点の曇りもなくそう願った。

 

祈りの力とは、自分にはそれを捧げ合えるひとたちがいると心の底から知っていることで得られる、しあわせの力なのかもしれない。


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