パリから南仏を経由して、イタリアに抜ける―。
旅のルートに関してはそれしか決めていなかったわたしが、結局、つぎの滞在地をアルルに決めたことにとくに積極的な理由があったわけではない。ルルドにもモン・サン=ミシェルにも行かないと決めてしまえば、あとは南仏に向かうだけだった。もうすっかりなじんだホテルのベッドで、みどりさんから借りてきた「南仏の歩き方」をめくりながら候補地を眺める。
ニース、マルセイユ、モナコ、カンヌ、コート・ダジュール…。
文字にしただけでもう、南仏の陽気な陽射しや蒼い海が目の前にひろがるような街々。見どころやレストラン、おすすめのホテルが紹介されたページを何度も読み返す。
―もう、サン・レミ・ド・プロヴァンスもサロン・ド・プロヴァンスも行く必要ないしなぁ。
「ノストラダムス」ゆかりの土地だというその2つの街のいずれかにこっそり足を伸ばそうかと思っていたけれど(いくらなんでもひとには言えない)。「ノートルダム」の聞き間違いだったと気づいたいま、とくに行く理由もモチベーションも湧いてこない。
そうしてページをめくりながら、ふと指がとまった。アルルか…。
―南仏っぽい小ぢんまりしたかわいい街だって聞いたことあるし、もうここでいいか。このあと海沿いを移動してイタリアに行くにも位置的に便利そう。
もうこれ以上、本を眺めても一緒だろう。起きあがってMac book airを開き、アルル行きのTGVのチケットをとる。明日にはもうパリを発つという日の朝だった。
人生を振り返って「もしも」なんて考えることの無意味さは十分に分かっている。けれど、それでも「もしも」このとき、他の街へ行くチケットを選んでいたらどうなっていたのだろう?
海辺の教会で胸が震えたあのできごとには出逢えなかったのだろうか。ここに来たことを一生忘れないと誓ったあの場所まで足を伸ばすこともなかったのだろうか。それとも何らかのかたちで同じ場所にたどり着き、同じように泣いたのだろうか。
いまとなってはわからない。
☆☆☆☆
パリ・リヨン駅発、アルル行きの電車に文字通りギリギリ飛びのったわたしは―誇張ではなく、出発まで残り5分をきっていた―、自分の席についてしばらくぐったりしながら息を整えていた。隣の席には大学生とおぼしき女性が盛大に足を投げ出して眠っている。窓からの陽射しをさえぎるでもなく、むしろ燦々と浴びて、大きく開いたTシャツの胸元がもう赤くなっていた。こちらのひとたちの日光を浴びることへの貪欲さといったらない。短い春と夏を全身で享受しているのだろう。
それにしても―。
ひと心地ついて、都会から郊外の景色へと変わった窓の外を眺めながら思い返す。帰国したら、聖母マリアとマグダラのマリアについて調べてみよう。この西洋史上最も有名なふたりの女性に、後世の人間がいったいどんな役割を負わせてきたのか。そこにはきっと、現代の女性像にも通じるヒントのようなものがあるはずだった。
なかば自動的にここまで考えて、ほんの少し苦々しい気持ちになる。結局わたしは「女性の生きかた」について考えることから、逃れられないのだろうか。もう嫌だと何度も思ったのに、結局また自分からこんなテーマを見つけてきてる。
考えない、という自分に課した旅のルールを破って頭は猛烈に考えはじめていた。





