かつてゴッホが住んでいた、という程度の認識しかなかったアルル。Booking.comで見つけた誰かの邸宅を改装したという小さなホテルのかわいらしく整った部屋に荷物を運び入れ、木枠でできた窓を思いっきり開け放つ。パリではコートが手放せなかったけれど、ここでは汗ばむほどの陽気だ。夕方だというのに、陽射しはまだ衰える気配がない。
これが南仏か―。
新しい街に着いた高揚感は、まるで一人前の魔女になるために故郷を離れ見知らぬ土地に部屋を見つけたときの13歳のキキのようだった。ここには何があるんだろう?どんな街なの?そしてわたしは何を経験するんだろう?
あけっぴろげな好奇心が自分のなかからムクムクと湧いてきて、みるみるうちにからだ中に行き渡りエネルギーに変わるのがわかる。そのあからさまな反応に我ながらおかしくなってこらえきれずにひとりで笑った。あーあ、本当に、わたしにとっては好奇心が最大の元気の源だな―。
窓から身を乗り出すと目の前にはレアチュー美術館、下の通りにはカラフルなイスが無造作に並べられたカフェのテラス席が見える。夕ごはんのお店を探すついでに、まずは散策からはじめよう。パリでは出番のなかった薄手のシャツに着替えてなかなか閉まらない旧式の鍵―ファンタジーに出てきそうなあの古めかしいかたちのもの―と格闘したあと、かすかにかび臭い階段を一気に駆け下り、ホテルの裏通りに飛び出すと大股で歩きだした。
☆☆☆☆
アルルの太陽が燦々と降り注ぐレピュブリック広場。かつては闘技場のなかにあったというオベリスクがその中心にすっくとそびえ立ち、時計台の着いた市庁舎にはすでにひとの気配もない。
数人のティーンエイジャーが座っておしゃべりを交わすその広場に面して、サン・トロフィーム教会はあった。この教会のことは―もちろん―事前に何も調べていない。ロマネスク式の教会?中庭に入れるの?じゃあ、入ってみようか。
入り口で入場料を支払い、とくに期待もせず回廊に足を踏み入れたその瞬間、
―ふわぁぁぁ。
初めての感覚だった。まるで目を伏せていた全身の細胞がいっせいにわぁっと顏をあげたような、そのひとつひとつが久しぶりに太陽の陽射しをあびて喜んでいるような―、これは、そう、何て言えばいい…
「・・・魂がよろこんでる」。
そのときだった。





