ひとの記憶とは不思議なものだ。ほんのささいなこと、何の役にもたたないことをやたら鮮明に覚えているかと思えば、その場にいた誰もが記憶するようなエポックメイキングなできごとをみなまったく違うもののように記憶していたりする。自分の価値観というフィルターなしで目の前に展開される景色を記憶できればいいのにと思う反面、そんなことになったら世界がたいそう味気ないものになるよ、とも思う。
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朝はカフェオレとクロワッサン、バターとジャムを大量に塗ったバゲットを平らげ―カロリー?何でしたっけそれ―元気に外へ飛び出す。強い陽射しを浴びながらひたすら街を歩き、興味の湧いた場所に足を踏み入れ、お腹がすいたらランチを食べる。ホテルに戻って糊のきいた真っ白いシーツにもぐって昼寝をし、たっぷり眠って体力が回復したら、また散策に出る。夜にはへとへとになってぐっすり眠る。時計なんて見なかった。お腹が空いたときが食事どき。眠くなったら眠りどき。アルルでわたしは幸福な子どものように過ごしていた。歩き疲れてカフェに入るたびにワインを飲む子どもというのがいれば、の話だけれど。
ある夜、昼寝のしすぎで眠れなかったわたしは、ベッドサイドの灯りを頼りにまたみどりさんから借りた「南仏の歩き方」をぺらぺらとめくっていた。少しはこのアルルを拠点に他の街にも行ってみようかと、なんとなく思いながら。
―それにしてもこのシチュエーションで本を読まないって、わたしにとってはものすごいことだわ。
正確にいうと、読む本を持ってきていなかったので読めなかった、が正しい。普段、活字ばかり追っているわたしは、旅のあいだ意識的にそれをやめていた。左脳ではなく右脳を、知識ではなく感性を頼りにしたかったから。
ベッドの上で足をバタバタさせながら、このときふと、あるページに目がとまった。もう何度か見ていたはずの本なのに、それまでまったく目に入っていなかった、とある海辺の、小さな街の紹介。
時間にしてみればほんの一瞬のことなのに、わたしはいまだにこのページを目にしたときのことを鮮明に覚えている。幾千もある記憶の引き出しのなかから、瞬時に取り出せるほどに。あの部屋のほんの少しかびくさいにおいも、寝転がっていたベッドのシーツの清潔な感触も。そして何より自分のなかに突然湧いた、不思議な感覚の手触りさえも。
あ、
と思った。
あ、
「・・・わたし、ここに行くんだ」
それはまるで、最初から自分がそこに行くことを、もうひとりの自分が知っていたような感覚だった。





