「愛すると追われる」
「決して見つかってはならない」
「子どもを産めばかくれなければならない」
「・・・・・愛するひとを決して手放してはならない」
南仏の小さな海辺の街、サン・マリー・ドゥ・ラ・メールの薄暗い教会のベンチに座り、わたしはただただ泣いていた。ふわふわとどこかで漂っていた「何か」が、わたしのからだを使って「ことば」としてこの世界に降りてきた。まるで、たまたまそこにいたわたしを見つけたかのように。ザーザーといっていたラジオのチューニングが、急にぴたりと合ったかのように。
決して手放してはならない―。
もう行かなければいけない切羽詰まった誰かが、どうしても伝えたくて目下のものに託したことばのようだった。 毅然としていた。そのひとことが、炎のように体を突き上げわたしの胸に刻印を残した。
ベンチ脇をすり抜けて祭壇のほうに向かった家族連れのなかのマダムが、ひとり泣き続けるわたしをそっと振り返る。なにか悲しいことがあって泣いていると思ったのだろうか。気づかうようなその視線―それはおそらく世界中のおかあさんという人種だけが持っているあのまなざし。本人たちはそれを持っていることに気づいてもいないけれど―と目が合い、わたしは少し微笑んだ。大丈夫、という気持ちを込めて。彼女も寄り添うような微笑みを返す。
ムッシュも子どもたちもとっくに前方に移動していて、彼の妻が、彼らの母が、見知らぬわたしとそんな一瞬のやりとりをしたことをまるで知らない。
わたしは静かに泣き続けていた。
これはいったい、誰の涙なのだろうと思いながら。





