その日、予定では8:30にはパリ・リヨン駅に到着して、「ヨーロッパのターミナル駅の朝の雰囲気」をコーヒーでも飲みながら満喫しようと思っていたのだ。オンラインで予約していたチケットを構内でプリントアウトしても、9:23発アルル行きのTGVには余裕で乗れる。
迷ってギリギリになって焦るのは嫌だからと、事前にフロントのムッシュに駅までの行きかた―今日は地下鉄の○線が走っていないから、こちらの駅まで行ってから乗るといいですよ。途中、乗り換えて○線に乗ってください。大丈夫、20分もあれば着きますから―を訊ねて、地図にもマークしてもらい、十分余裕を持ってチェックアウトして出てきたはず―
―なのに、いったいどういうこと?なんでわたしは9:10になろうかというこの時点でまだこんなとこ必死に走ってるのよ!
リヨン駅がまだ見えてもいなかった。
やたら通路の長い地下鉄の駅で迷う。通勤ラッシュのなか急ぎ足でゆくひとを呼び止めて聞くことができない(ビビって)。いったん乗った地下鉄が間違っていて降りる。この時点で8:50過ぎ。その駅でチラシを配っていたメガネをかけたやさしげなお姉さんに泣きつくと、いったん△駅まで戻ってそこから○線にのるといいという。
「ちがうちがう」。なぜかそこで、ホームレスのおじちゃんが会話に割り込んでくる。「ここから☆線にいったほうが早い」(フランス語は分からないけど、そんなことを言ってアドバイスしてくる)。
お姉さんと顏を見合わせた。もう、間に合うかどうかもわからない。
「ムッシュごめん!おねえさんを信じるよー!」と日本語で言い放ってまた地下鉄に乗るべく駆け出した。
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わたしの世代のある一定数のひとびとは、子どもの頃に読んでいた人気漫画「スラムダンク」の名場面をセリフとともに暗記しているようなところがある。なかでも2大人気セリフといえば三井くんの「バスケがしたいです」と安西先生の「あきらめたらそこで試合終了ですよ」(未読の方にとっては意味不明で申し訳ない)。
もう9:23発の電車に乗れるかどうかわからない、となった状況でわたしのなかで生まれた感情を、何と表現したらいいだろう。それはわたしにとって、とてもとても近しいものだった。
諦め。
―いいじゃない、もう。そんなに急いだって間に合うかわかんないよ。諦めて違う電車にしたらいいいじゃん。
―何をそんなに焦ってるの?みっともないよ。
旅という非日常のなかで、こんな状況になって気づいた。わたし、この感情、すごくよく知ってる…。
地下鉄の窓に写る見慣れた自分の顏を見つめながら、情けなくて泣きたくなった。
あぁ、わたしは普段、冷静を装いながら色んなことを諦めているんだ。最後の最後まであがく前に、どうしてもこれが欲しいとなりふり構う前に、落ち着いた大人の対応でしょとばかりに熱を出し切らず、平気なふりをしてただ諦めてる。欲しかったのに、欲しくて必死で手を伸ばしたのに、手に入らなかった…そんな自分を見るかもしれないのが怖くて、最初からさほど欲しくないフリをしている。
感情の波に飲まれないひとになりたかった。ネガティブな思考と感情のスパイラルにはまると落ち込んでなかなか抜け出せない、そんな自分が心底嫌だった。だからこの数年、たくさん勉強もした。心理学、コミュニケーション、何より感情のこと。救われたことも多かった。以前のわたしより、強くなれたと思っていた。
手すりをつかみ下を向き、唇をきつく噛む。
感情の波に飲まれないということは、情熱を失うことと同義ではないのに―。
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そうこうしているあいだにおねえさんに教えられた駅に着く。改札を出て階段をかけあがるとすでに9:05を過ぎていた。リヨン駅はTGVのターミナル駅だ。きっと大きくて入り口さえ迷うだろう。さらにそこでチケットをプリントアウトしないといけない…。
“Excusez-moi!! Parlez-vous anglais?” (すみません!!英語話せますか?)
気だるげにタバコをくゆらせてた学生風のパリジェンヌに話しかける。もうその場でいちばん優しそうなひとを選んでいる余裕もなかった。
“Oui.”(ええ)
屈託ない笑顔で返してくれた彼女にリヨン駅までの道を訊ねる。この道をまっすぐ行って、最初の信号を左に…と大きなジェスチャーを交えて丁寧に教えてくれた。
“Thank you so much! Merci!!”(ありがとう!メルシー!!)
どういたしまして、大丈夫、10分もかからないですよという彼女の声を後ろに全速力で走り出す。10分かかったら困るんだよ!赤いスーツケースがゴロゴロなっている。コートの下はもう汗まみれだ。
くそー、絶対乗ってやる!とにかく最後まで走ってやる!!
だって、諦めたらそこで試合終了だもんね、安西先生。






