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【VOL.28】エクス、怖いものなど何もない

 

翌日、わたしはまたアルルのバス停でひとりバスを待っていた。12:30発エクス(Aix-en-Provence、通称エクス)行き。サント・ボームの洞窟に行くためにはここアルルからまずエクスへ、そしてエクスでまたバスを乗り換えてサン・マクシマンという小さな街まで行かなければならない。サント・ボーム洞窟はそのサン・マクシマンから車で40-50分程かかるというが(バスはないらしい)、どうやって行くかはまた着いてから考えようと思っていた。とにかく今日は暗くなる前にサン・マクシマンまで辿り着こう。

 

マグダラのマリアが30数年間、祈りと瞑想の日々を過ごしたという伝説の残る洞窟、サント・ボーム。

 

―それにしても。

 

赤いスーツケースに浅く腰掛けながら、何だか可笑しくなってくる。

 

―このわたしが、なんの躊躇もなく山に登ろうと思うなんてねぇ。

 

サント・ボームの洞窟に行く際、車で行けるのは洞窟がある山の麓(ふもと)までだという。そこからは、小一時間、ひたすら自分の足で登るしかない。

 

―ひとって、本当に何かしたいときは必死になるんだな。

 

いくら周囲に登山のよさを力説されても食指の動かないわたしが、いまや1mmの迷いもなく、ただそこに行くことだけを考えていた。

 

☆☆☆☆

 

高速バスで揺られること、1時間15分。エクスの高速バスターミナルで降りたわたしは、歩いて10分ほどの街の中心部にあるツーリストインフォメーションへと向かった。サン・マクシマム行きのバスが出るまで3時間ほどもある。近くに何か観光できるものがあるか、覗いてみようと思ったのだ。

 

エクスは大学の街、あるいは芸術の街といわれるどこか上品な香りがただよう街だ。道ゆくひとも、大学生や学術関係者のような知的な風貌のひとびとが多い。夏には世界屈指のオペラ祭が行われ、セザンヌの出身地としても知られるこの「第2のパリ」には、日本からの観光客も多く訪れるという。

 

「でも、いまは日本人少ないんですよ〜。やっぱりゴールデンウィークのときと、夏が多いですね」

 

ツーリストデスクから流暢な日本語が聞こえてきてぎょっと顏をあげる。アフリカ系フランス人の彼女は、「サン・マクシマム?めずらしいですね」とにこにこ笑いながらこちらを見ていた。

 

聞けばつい最近まで交換留学生として九州大学に留学していたというから、2度驚く。「ほんとですか!わたし、福岡から来たんですよ〜」と、久しぶりに会った同級生に話すようなノリで距離を縮めてしまい、そんな自分に内心少し赤面する。久々に触れる日本語に前のめりになってしまった。

 

「いってらっしゃい、気をつけて!」

 

しばし日本語で会話を交わしたあと笑顔でおくられ、わたしはインフォメーションオフィスを出た。

 

気持ちよく晴れたエクスの街を、赤いスーツケースをゴロゴロ引きながらぐんぐん歩く。喉が乾いた。お水を買おう。サンドウィッチも買おう。サント・ボームへのバスの旅は、まだこれからなのだから。

 

根拠なんて何もない。けれど、この先の旅も何も怖いものはないと、心から思った。

 

【VOL.27】すべてはいまここに

 

結局どれくらいのあいだ、そこにいただろうか。やっとの想いで立ち上がり、主祭壇のある前方へと進む。祭壇の正面は不思議な鉄製のモチーフで飾られていた。女の子が両手を拡げ、その両横にひと房ずつのぶどうが配置されている。そしてそれらを囲む、大きなハート。

 

キリストの磔刑の姿などー教会でいつも密かに思うのは、どうしてこんな痛そうな像を置いておくのかってこと。子どもだったら多少トラウマになりそう―いくつかの像があり、わたしはなかでも幼子を左手に抱いたマリア様にそっと歩み寄った。

 

―この右手に持っているのは、何だろう。

 

トーチ(たいまつ)だろうか。初めてみる類いのマリア像だった。時がとまっているように感じる静謐な像ではない。まるで1歩踏み出そうとしているひとりの人間のようだ。あるいは、いままさにやってくる誰かを、正面から出迎えようとしているかのような。

 

―ひとを導く光、かな。それとも灯台のように暗闇を照らす光、かな。

 

刀剣のようにも見えるけれど、それではあまりにも戦闘的すぎるだろう。印象的なその像をそっと写真に納めた。あとでチホコさんにメールで送って、このマリア像について何か知っているか聞いてみよう。

 

その後はさらに暗い地下へと進み、スペイン人観光客と思われる家族連れの肩越しに、鮮やかなケープを幾重にもかけられた聖人サラの像をみて、わたしは外に出た。

 

☆☆☆☆

 

暗闇とローソクに慣れた目に、海辺の街の陽射しは容赦なく突き刺さる。あわててサングラスをかけると、要塞のように強固なこの教会を壁づたいに歩き、どこかにあるという階段を探しはじめた。

 

―あった。

 

何のアピールもなくひっそりと座る係員―いかにもこの街で生まれ、以来ずっとここに住んでます、といった印象の素朴なムッシュ―に2ユーロを渡し、息苦しく感じるほどに狭い階段を黙々とのぼる。この教会は屋根にのぼれるのだ。チーズにワインにクロワッサンにと毎日好きなだけ飲み食いしているのにさほど太った実感がないのは、こうして出かけるたび歩いたり上ったりを繰り返しているからに違いない。息がだんだんとあがってくる。

 

暗い階段―それにしてもこの暗さと明るさのコントラストで目がおかしくなりそうだ―の先に光が見えた。出口だ。

 

「わーーー…!」

 

思わずひとり、歓声をあげる。

 

オレンジともテラコッタともいえる色の屋根屋根の向こうに、キラキラと輝く地中海がみえた。誰かが定規でピッと線をひいたかのようにまっすぐな水平線と、上等な魚のウロコのように銀色に輝く水面。燦々と光を注ぐ太陽。屋根のいちばん上の三角部分に腰を下ろし、強い海風にあおられながら目の前に拡がる贈り物のような景色を、360度じっと見つめ続けた。

 

―忘れたくない。

 

胸に迫る、とはこういうことをいうのだろうか。わたしは必死でこの景色を網膜に焼きつけようとしていた。この景色を忘れたくない。この感情を忘れたくない。

 

わたしの身体も、思考も、心も、すべてがいまここにいた。余分なものはなく、足りないものもない。わたしは全身で生きていた。

 

―あぁ、本当に、ここに来てよかった。

 

はるか昔、マリアたちが辿り着いたという伝説の街。ゴッホが描いた海がいまも燦然と輝く街。

 

ーそして偶然のように見つけ、つき動かされるように訪れた街。

 

もう、次に行くべき場所がわかっていた。

 

彼女に会いに行くのだ。

 

サン・ボームへ。

【VOL.26】Never let go

 

「愛すると追われる」

 

「決して見つかってはならない」

 

「子どもを産めばかくれなければならない」

 

「・・・・・愛するひとを決して手放してはならない」

 

 

南仏の小さな海辺の街、サン・マリー・ドゥ・ラ・メールの薄暗い教会のベンチに座り、わたしはただただ泣いていた。ふわふわとどこかで漂っていた「何か」が、わたしのからだを使って「ことば」としてこの世界に降りてきた。まるで、たまたまそこにいたわたしを見つけたかのように。ザーザーといっていたラジオのチューニングが、急にぴたりと合ったかのように。

 

決して手放してはならない―。

 

もう行かなければいけない切羽詰まった誰かが、どうしても伝えたくて目下のものに託したことばのようだった。 毅然としていた。そのひとことが、炎のように体を突き上げわたしの胸に刻印を残した。

 

ベンチ脇をすり抜けて祭壇のほうに向かった家族連れのなかのマダムが、ひとり泣き続けるわたしをそっと振り返る。なにか悲しいことがあって泣いていると思ったのだろうか。気づかうようなその視線―それはおそらく世界中のおかあさんという人種だけが持っているあのまなざし。本人たちはそれを持っていることに気づいてもいないけれど―と目が合い、わたしは少し微笑んだ。大丈夫、という気持ちを込めて。彼女も寄り添うような微笑みを返す。

 

ムッシュも子どもたちもとっくに前方に移動していて、彼の妻が、彼らの母が、見知らぬわたしとそんな一瞬のやりとりをしたことをまるで知らない。

 

わたしは静かに泣き続けていた。

 

これはいったい、誰の涙なのだろうと思いながら。