翌日、わたしはまたアルルのバス停でひとりバスを待っていた。12:30発エクス(Aix-en-Provence、通称エクス)行き。サント・ボームの洞窟に行くためにはここアルルからまずエクスへ、そしてエクスでまたバスを乗り換えてサン・マクシマンという小さな街まで行かなければならない。サント・ボーム洞窟はそのサン・マクシマンから車で40-50分程かかるというが(バスはないらしい)、どうやって行くかはまた着いてから考えようと思っていた。とにかく今日は暗くなる前にサン・マクシマンまで辿り着こう。
マグダラのマリアが30数年間、祈りと瞑想の日々を過ごしたという伝説の残る洞窟、サント・ボーム。
―それにしても。
赤いスーツケースに浅く腰掛けながら、何だか可笑しくなってくる。
―このわたしが、なんの躊躇もなく山に登ろうと思うなんてねぇ。
サント・ボームの洞窟に行く際、車で行けるのは洞窟がある山の麓(ふもと)までだという。そこからは、小一時間、ひたすら自分の足で登るしかない。
―ひとって、本当に何かしたいときは必死になるんだな。
いくら周囲に登山のよさを力説されても食指の動かないわたしが、いまや1mmの迷いもなく、ただそこに行くことだけを考えていた。
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高速バスで揺られること、1時間15分。エクスの高速バスターミナルで降りたわたしは、歩いて10分ほどの街の中心部にあるツーリストインフォメーションへと向かった。サン・マクシマム行きのバスが出るまで3時間ほどもある。近くに何か観光できるものがあるか、覗いてみようと思ったのだ。
エクスは大学の街、あるいは芸術の街といわれるどこか上品な香りがただよう街だ。道ゆくひとも、大学生や学術関係者のような知的な風貌のひとびとが多い。夏には世界屈指のオペラ祭が行われ、セザンヌの出身地としても知られるこの「第2のパリ」には、日本からの観光客も多く訪れるという。
「でも、いまは日本人少ないんですよ〜。やっぱりゴールデンウィークのときと、夏が多いですね」
ツーリストデスクから流暢な日本語が聞こえてきてぎょっと顏をあげる。アフリカ系フランス人の彼女は、「サン・マクシマム?めずらしいですね」とにこにこ笑いながらこちらを見ていた。
聞けばつい最近まで交換留学生として九州大学に留学していたというから、2度驚く。「ほんとですか!わたし、福岡から来たんですよ〜」と、久しぶりに会った同級生に話すようなノリで距離を縮めてしまい、そんな自分に内心少し赤面する。久々に触れる日本語に前のめりになってしまった。
「いってらっしゃい、気をつけて!」
しばし日本語で会話を交わしたあと笑顔でおくられ、わたしはインフォメーションオフィスを出た。
気持ちよく晴れたエクスの街を、赤いスーツケースをゴロゴロ引きながらぐんぐん歩く。喉が乾いた。お水を買おう。サンドウィッチも買おう。サント・ボームへのバスの旅は、まだこれからなのだから。
根拠なんて何もない。けれど、この先の旅も何も怖いものはないと、心から思った。