バスの旅が苦手なわたしが、それでも当然のようにその街に行こうと思った理由は―正確にいえば行こう、とさえ「思って」いなかった。決断→行動というプロセスがなく、ただ動く、それだけ。何かを頭で「思う」余地もなかった―その街の名前にあった。「サン・マリー・ドゥ・ラ・メール(Saintes-Maries-de-la-Mer)」、海の聖マリアたち―。
マリアさまに会いにきた、と直感が告げたこの旅の流れは、いったんパリで終わったと思っていた。けれど、それはまだ途切れてはいなかったのだ。
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カマルグの湿原を進むバスの車内には容赦なく陽射しが差し込み、まるで強制的に日光浴をさせされているかのようだ。太陽が降り注ぐバスの左側に席をとったことに早くも後悔しつつ、暑さに耐えきれず着ていたデニムシャツを脱ぐ。車内は思ったより乗客も多く、わたしと同じ旅行者、地元のひと、大学生らしき若者で8割がた埋まっていた。
野生のフラミンゴやカマルグの白い馬、塩田が有名だというその土地を眺めながら、前の晩、なるべくネットを見ないというこの旅の禁を破って調べたことをぼんやり思い返す。
サン・マリー・ドゥ・ラ・メール(海の聖マリアたち)は、その名のとおり、マリア“たち”の言い伝えが残る街だという。
伝説は語る。
エルサレムでイエスが磔刑にあったあと、マグダラのマリア、マリア・サロメ、マリア・ヤコベ―みな、イエスの磔刑を見守り彼の復活を目撃したとされる女性たち―、そして従者であったサラ、マルタ、ラザロたちが舟でエルサレムを離れ、海を渡ってこの地に流れ着いた。マリア・サロメ、マリア・ヤコベ2人のマリアたちとそれに従うサラはこの地に残り、マグダラのマリアはこの地を離れ、サン・ボームという山塊のなかにある洞窟で祈りと瞑想をして過ごしたという。
―サラが、イエスとマグダラのマリアの娘だっていう説もあるみたいだけど・・・。
途中何度か乗客を乗り降りさせながら、50分ほど経っただろうか。目的地のバス停に着く。ここに着いたら教えください、とバスに乗る際あらかじめお願いしたうえ、声をかけて貰いやすいようにと運転席の真後ろに座っていたのだが、ドライバー氏、みごとに忘れている。まぁ、うん、そんなもんだよね。
わたしを含め10数人がここでバスを降りる。この街の観光名所といえばひとつだけだ。みな2人のマリアたちの聖遺物とサラの像を祀っている教会に向かうため、同じ方向についていけば迷いようがないと聞いたので素直に従う。
背の低い建物が並ぶこの海辺の街もアルルと同様、バカンスを楽しむたくさんのひとで賑わっていた。海が近いだけあってアルルよりも小さな子ども連れの家族客が多いようだ。燦々と陽射しを浴びながらテラス席でランチを楽しむ黄金色に日焼けしたバカンス客を尻目に、教会があるとおぼしき方向へ向かう。潮の香りのするほうへ―。
果たして、それは、そこに立っていた。あった、のではない。「立っていた」。
要塞のような風貌で堂々と海に向かって立つ教会。その入り口に掲げられた十字架に、わたしの目は釘付けになっていた。まるで胸にずどん、と何か太いものがささったかのようだ。刹那、心がざわっと粟立つ。
見た瞬間、これはわたしのものだ思った。
ハートと、碇と、十字でできた、カマルグクロス―。
それらひとつひとつのモチーフが持つ意味を、このときわたしは何も知らなかった。






