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【vol.31】王の道

 

身を隠す木陰もないなか太陽が容赦なく降り注ぐ平原のなかの道を1-2kmほど歩いただろうか、ようやく入山口まで辿り着く。ここからが本格的に洞窟への道だ。

 

「さて、と・・・」

 

目の前で、道が二手に別れていた。洞窟までは、古くからある整備されていない険しい道と、歴代のフランス王たちが洞窟へと巡礼するためにと整備された「王の道」、2通りの登山道があるという。この地を訪れたすべてのひとが、ここでそのどちらかの道を選んで登っていくのだ。

 

―どうしよう、どっちが古くからの道だっけ?

 

事前にインターネットで情報を仕入れていたわたしは、ここにきてすっかり左右どちらがより険しい昔からの道なのか、どちらが登りやすい「王の道」なのかを忘れてしまっていた。

 

―あー、しまったな。完全に忘れちゃった。

 

山登りにはまるで自信がないけれど、せっかくだからこの際、険しいほうの道を登ってみたいと思っていた。王様用にお膳立てされたきれいな道なんかじゃない、古くからの巡礼者が登った道。もしかしたらマグダラのマリアも登ったかもしれない道。

 

ふと右手に伸びる道のほうをみると、少し先に軽装の老夫婦がゆっくりゆっくり歩いていく姿が見える。靴も街歩き用のものだ。

 

一方、左の道に目をやると、両手にスティックを持ち、山歩き用のシューズにリュックを担いだ中年のカップルがみえた。服装も完全にアウトドア仕様。

 

―ということは、左のほうが険しい道かな。

 

こころもとない気持ちで、左の道に向かう。

 

☆☆☆☆

 

ざっざっざっざっ・・・。

 

自分が小石と落ち葉を踏みしめる音、時折風が木々の葉をゆらす音、鳥の声だけが耳に響く。静寂とは決して何も聞こえないことではないんだな、と自然の生む音を聞きながら思う。

 

登山道の脇の名前も知らない小さな白い花に目をとめ、ときおりまぶたに日光浴をさせてあげようと木々のあいまから差し込む光に顏をあげ目を閉じる。ざくざく道を登りながら、これは確かに普段のわたしの生活にはないくらいハードな道だけれど、と思いはじめた。

 

―でもこれ、「王の道」じゃないの・・・?

 

事前に調べていたようなけもの道ではないし、息はあがるけれど手をつかってのぼるような局面もない。

 

―でもあの重装備のカップルも登ってたし。。

 

ゆっくり登って20分ほど経った頃だろうか。整備された美しいわき水飲み場を発見して、疑惑は確信に変わる。わ、わたし、「王の道」登ってる!

 

せっかくだったのに!ラクな道を選んでしまった!!―。自分でも少し驚くほどにショックを受け、そうしてショックを受ける自分があまりに滑稽だと思った。

 

―あぁ、わたし、これとまったく同じことを人生でもしてきてる。

 

ひとりごとが、妙にクールな頭をよぎる。

 

最後に得られる結果は同じなのに、本当はきれいに塗装された道をすいすい行ったっていいのに、わざわざ自分で大変な道のほうを選ぶ。そしてその途上でひぃひぃつらがっているのだ。なぜって?だってそのほうが、がんばった感じがするから。だってそのほうが、手にしたものの価値が高い気がするから。だってそのほうが、えらい気がするから―。

 

とぼとぼと歩きながら思った。イタい、イタすぎる。

 

何かのために避けられない苦労をするのとはわけが違う。こんなの、完全に個人の趣味としての苦労じゃないか。だって選べるんだもの。なのに自分でそれを選んだということに気づいてすらいない。そしてそれが当たり前となると、ラクな道を選ぶことができなくなるのだ。悪いことをしている気がして。自分にはそんな資格がない気して。

 

何かがおかしい。

 

でもいまのわたしにはそれを正す方法がわからない。

 

☆☆☆☆

 

冷たい湧き水でハンカチを濡らし、おでこにあてた。ところどころ降り注ぐ太陽の光で思ったより暑い。

 

「王の道」とはいえ、途中、標識のようなものはほとんどない。ただひとり黙々と山を登り続けていると、上から30代後半くらいの背の高いお父さんと5歳くらいの双子の女の子が手をつないで降りてきた。女の子たちは手に木の棒をもって前後にゆらしながら、何か一生懸命おしゃべりをしている。3人とも同じプラチナブロンドの髪がきらきらと輝いていた。

 

わぁ、あんな小さな子でも登れるんだ。

 

“Bonjour!”

 

あいさつをかわしてすれ違ったあと、胸のなかがざわざわしている自分に気づく。なんだろう、なんで泣きたくなってるんだろう。

 

胸に生じた疑問をそのままにしてまた黙々と登る。

 

☆☆☆☆

 

ふもとから登って45分ほど経っただろうか、“Lieu de silence”(沈黙の場所)という標識が見えた。聖域に入るのだ。上を見上げると、岩肌の横に小さな修道院が見える。もうすぐだ。

 

“マグダラのマリアの聖域”

 

大きな看板に迎えられた先には、岩肌に沿って整えられた150段の階段が見える。ふもとで2つに別れた道も、ここからはひとつになるのだ。さすがに息があがった最後に、この階段を見せられるのはきつい。イエスが十字架を背負って歩いたゴルゴダの丘を模したという、階段―。

 

それでも1歩1歩登り、階段も終盤にかかると―。

 

ここまで登ってきた者を出迎えるように岩と木戸でできた小さな門があった。そのちょうど真上、険しい岩肌のあいだを削った場所に、イエスの磔刑像、そして聖母マリア、十字架のもとにひざまずくマグダラのマリアがみえる。神父さまと数人のクリスチャンの信徒が一心に祈りを捧げる姿が見えた。

 

―苦しい。

 

心臓が早鐘を打つ。ここから先はもう空気が違うのがはっきりわかる。怖い。けれど同時に、早く行かなければと気が焦る。

 

―着いた。

 

マグダラのマリアの洞窟だった。


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