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【VOL.34】Lucie

 

もう無駄な苦労はしない、と決めていたわたしはまた「王の道」をゆっくりと降りていった。約束どおりの場所と時間に、ポールさんが同じ陽気な笑顔で待っているのが見える。よかった、わたしのシューマッハは時間に正確らしい。

 

「出発前にトイレに行ってもいい?」

 

もちろんだよー、ここで待ってるからとシューマッハ、じゃなくてポールさん。帰りの車中もカタコトの会話を交わしながら、ランチを食べ損ねたというわたしをホテル近くのオススメのレストランまで送り届けてくれた。

 

Merci, ポールさん。

 

最初に彼が提示していた金額を払おうとしたら、「いいよいいよ」と、出発前にふたりで合意した金額だけを受け取って彼は帰って行った。

 

本当に、いいひとなのだった。

 

☆☆☆☆

ホテルに戻り、シャワーを浴びて大きなベッドに倒れ込んだ。サント・ボームで心に響いた声のことを考えると、ジタバタした気持ちになる。

 

「学問と、癒しの手・・・」

 

やっぱり、と思うと同時に、そんなの嫌だ、とも思う。嫌だ嫌だ、わたしはもっと分かりやすい何かが欲しいんだ。学問って言ったって、何の学問だ。癒しって言ったって、セラピストになりたいわけじゃない。

 

ひとつひとつのピースを集めていって、最後にはバズルが完成する、人生はそんな謎解きなのかもしれない。でも、その集めたピースが間違ってたらどうするの?なにより飽きっぽいわたしは、「これだ」と思って進んだ道の途上で、「あ、やっぱりこれじゃない」と思うことが怖かった。そして何よりちっぽけなエゴが「それで成功するの」「ちゃんとお金を稼げるの?」と先回りしてイヤなことを言う。

 

でも、と自分の心の内を見つめる。暗い井戸の底のようにしんとした場所までもぐって、そこからわたしはわたしを眺める。

 

旅の途上で感じたこと、そして生まれた疑問は、そのままわたしの人生のテーマなのではないか。そして、本当はずっとそれを知っていて、それでも逃げ回っていたのではないか。

 

本気になって、人生が変わるのが怖いから。

 

何かを見つけて本気になるより、 「わからない」といっているほうが行動しなくてすむから―。

 

よろよろとベッドから立ち上がり、開け放った窓から外の景色をじっと眺めた。

 

聖母マリアとマグダラのマリア、ふたりの女性を通してわたしは、社会が求めた女性像と、ひとりの人間としての彼女たちの本来の姿、両方をもっと知りたいと思った。夢中で旅を続けてきたなかでは気づきもしなかったけれど、それはとりもなおさずこのわたしが、いまの社会がなんとなく共有している理想の女性像―それはそのまま、わたしのなかに内在している価値観でもある―と、ひとりの人間としての本来の姿との狭間で必死にもがいているからだ。

 

そして古代、直感や第六感に優れた女性が巫女やシャーマン的な存在として力を持った社会が、いったいいつのまに、そしてなぜ男性社会へと移行したのだろうかという疑問も芽生えていた。何千年と続いた男性的な社会が今度もし何か新しいものへと移行するなら、それはどんな社会なのだろう、とも。

 

そんなことを知って何になるのかと言われたらわからない。誰かの役に立つのかも分からない。お金になるかなんてもっとわからない。

 

けれど、ただ知りたいのだ。そしていつだってこの「知りたい」という欲求がわたしを次の場所へと運んでくれた。それは、人生において。そしてまたこの旅において。

 

みんなの役に立てることは何ですか、と問いかけて浮かんだ答えならそれを信じよう。いまはこの先の道がどうなっているのかわからない、けれどわたしはこのテーマを追いかけよう。そしていつのまにかそれが、誰かの役に立つのだと信じよう。

 

☆☆☆☆

翌朝、早々に朝食を澄ませたわたしは、チェックアウトの時間までをまたホテルの中庭でコーヒーを飲んで過ごしていた。回廊のなかの空気はいつも凛として気持ちがいい。内蔵を空気で洗うように深い呼吸をくり返しながら、学問、というか追いかけたいテーマはわかった、でももうひとつ、「癒しの手」って何さ、と考えていた。

 

―橋渡し、っていってもねぇ。

 

じつのところ、この半年ほどで急にヒーラーやセラピストといった「癒し」を扱う職業の知人が増えたり、とある勉強会に行ったら同じグループのメンバーがわたし以外みんなヒーラーだったり、それ以外にもなんとなくそちら方面に縁があるのかなと思うようなできごとが続いていた。

 

―かといってわたしはヒーリングやセラピーをやりたいわけじゃないし・・・。

 

雲ひとつない真っ青な空を見上げる。

 

何でも証拠が欲しくて、理屈がわからないと動きたくなくて、そんな頭でっかちな自分が嫌で直感と感性だけの旅をしようと思った。知識やノウハウはひとの新しいものへの感受性を鈍らせるし、行動を阻む要因となるといまでも思っている。

 

けれど同時に、やはり知識は宝だとも強く思うのだ。何かの知識が誰かを救うことは必ずある。だから帰ったらわたしはまたこうして見つけたテーマをもとに、「知りたい欲求」のまま知識を増やそうとするだろう。どこかに学びにいくか、研究するか、独学か、いずれかの方法で。そしてそれを誰かに伝えようとするだろう。

 

「癒しの手」が何を意味するのか、いまははっきり言ってわからなかった。だったらそれが分かるときまでわたしはこの手でたくさんのひとに触れよう。つらいときにただ手を握ってもらうことで安心するように、わたしはそれを必要とするひとにただ愛を持って触れよう。

 

―光となれ、か。

 

自ら輝く姿を持って、あたりを照らす存在になりたい。立っているだけで、あぁ、あそこにいけば大丈夫だと、遠く暗い海を漂うひとからも見える灯台のような。

 

―ちょっと立派すぎるかな。

 

それでも、ひとは本来みなそんな存在なのだと思う。そのひとの性分に従い、人生のテーマに従って生きるとき、そのひとの存在それ自体が周りをポッと照らすはずだ。

 

一気にコーヒーを飲み干して立ち上がる。

 

もう、チェックアウトの時間だった。

 

☆☆☆☆

「えーっと、2泊分の部屋代でしょ、着いた日のディナーでしょ、朝食は2日分…」

 

フロントの女性がひとつひとつ確認しながら計算をするあいだ、わたしはぼんやりとその彼女の姿を眺めていた。

 

「お待たせしました、こちらがお支払いになります」

 

請求書の中身をチェックし、問題がないことを確かめて支払いを済ませる。

 

「ありがとう、とってもいい時間が過ごせました」

 

「それはよかった、またいらしてくださいね」

 

笑顔であいさつを交わし、スーツケースをひいてフロントを離れようとしたとき、ふと思い立って彼女に訊ねた。

 

「あなたのおかげでいい滞在になったから、お名前を聞いてもいい?」

 

そんなこと言ってくれてありがとう、と彼女は笑って答えた。

 

「Lucieよ、光っていう意味なの」

 

 

◆完◆


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