パリでいちばん安いというドラッグストアでNUXE(ニュクス)のオイルを買ったり、おしゃれなセレクトショップを覗いたりしながらたどり着いたお店“Le Plomb du Cantal”。地元のひとにも観光客にも人気のお店で、いつもはかなり混んでいるのだという。この日はランチの時間にも少し遅いくらいだったから、なんなく席に着くことができた。
迷ったすえわたしは鴨のコンフィを、そしてチホコさんはステーキをオーダーしたのだが、ギャルソン氏がやってきてわたしたちの目の前でそのプレートにAligot(アリゴ:マッシュポテトとチーズとガーリックを混ぜたもの。お餅のようにのびる)を大量にサーヴしてくれる。
肉が隠れる勢いだ。というか、隠れている。
パリに来てすっかり肉食づいていたわたしだが、ひそかに気合いを入れて食べはじめた。このAligot、食べきれるだろうか。
友だちの友だちは得てして共通の価値観や趣味を持っていることが多いけれど、チホコさんとわたしもどうやらその例に漏れず、同じ興味範囲を持っているらしい。わたしがこちらに来てはじめて、自分が美術館や教会にこんなに興味があることに気づいたと話していたときのことだ。
「自分がこんなに美術館が好きだって思ってなかったんです。日本でもすごく話題になる展示とか興味のある企画展があれば観に行くんですけど、なんていうかあくまで“行っておこう”って感じで。こちらに来て、それぞれの作品の持つ魅力もそうだけど、その場が持つ“空気”の力ってもう、本当にすごいんだなって圧倒されました」
そうなのだ。
教科書にのるような巨匠の作品がこれでもか、と並んでいるその“事実”だけに魅了されたわけではなかった。そこにある作品すべてでつくりだしているその場の“空気”や、そこを訪れているひとたち、もっと言えばこれまでにそこを訪れたひとたちが少しずつ置いて行った“空気、もしくはそのような何か”を含めてその美術館の持つ“空気”ができていて、それがわたしを圧倒した。
言語には変換できない。
ただその場で感じるしかない、“空気”。
「すごくわかりますよ、それ。あとね、パリってひとが『アートしたくなる』街だと思うんです。みかちさんのいうような“空気”で。ひとに『自分を表現したい』って思わせるというか…」
「あー、なんかわかる気がします」
「それとね、おもしろいんですよ〜!以前、このあたりに住んでたことがあるんですけど、そのときやたら本が読みたくなってずっと本を読んでたんです。文豪がたくさん住んでた場所だからだろうね、そういうの絶対あるよねって友だちと言ってました」
聞くひとが聞けば、鼻で笑うようなことかもしれない。でも「それはあるだろうな」と普通に思う。だってわたしたちが知覚できる世界なんて、きっと笑っちゃうくらいほんの少しだ。地面に這うアリが人間の見ている世界を認知できないように、わたしたちもたぶん、圧倒的に何かを認知できていない。
オルセー美術館で行われていた特別展のこと、チホコさんの習っている声楽のこと、なぜパリに来たのか、なぜ1年で帰るつもりがずっと住み続けることにしたのか―。
女どうし、気が合うと分かればおしゃべりだけであっという間に時間が過ぎる。
結局、Aligotは食べきれなかった。