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【VOL.7】“我らの貴婦人”

 

ランチを終えたわたしたちが次に向かったのは、14 区にあるモンパルナスタワー。210mの高さを誇る、パリでは珍しい超高層ビルだ。エッフェル塔をはじめ市内を一望できるだけあって、昼夜問わず観光客が訪れる。

 

「上の展望台が有名なんですけど、このお店は入るのに並ばなくてもいいし、ゆっくり景色を楽しめるしオススメなんですよ」

 

タワー1階のエレベーター前では、たしかに多くの観光客が59階の展望テラスにのぼるべく列をなしていた。その脇を涼しい顔ですいすい通り抜け、隣のエレベーターに乗って56階のレストラン“Le Ciel de Paris”に向かう。

 

慌ただしいランチの余韻をほんの少し残しつつ、ひろい店内はひともまばらでとても静か。チホコさんがフランス語で何か告げると、恰幅のいい白髪のムッシュはわたしたちをいちばん眺めのいい席に案内してくれた。

 

正面にはエッフェル塔。凱旋門やルーヴル美術館…。3階分うえの展望テラスからみるのとほぼ同じであろう景色が、いま目の前にひろがっている。

 

「お食事はそんなに…って感じなんですけどね。お値段も結構張るし。ここはカフェで利用するのがいちばんです」。まったく、本当に、チホコさまさまである。

 

絵ハガキさながらの絶景を前にした最初の興奮からひと息、ドリンクのオーダーを済ませると―チホコさんはコーヒー、わたしはフレッシュトマトジュース―、わたしたちはまたおしゃべりを始めた。

 

「教会は、どんなところにいかれました?」

 

話の流れでつい先日サン・シュルピス教会を訪れたときのこと、そこでマリア像を前に涙が止まらなかったと話していたわたしは、次の瞬間チホコさんが言ったひとことに息をのんだ。

 

「わたし、パリはマリアさまの街だと思ってるんですよ」。

 

パリ発祥の地といわれるシテ島―市内中心部を流れるセーヌ川の中州にあたる―、その大切な中心地に「ノートルダム」大聖堂があることは、パリはもとよりフランスという国自体が聖母マリアを大切にしてきたという証ではないだろうか、とチホコさんはいう。

 

「それにわたしがこうして8年間、危ない目にも合わず、なんだかんだとパリに住み続けていられているのは、マリアさまが守ってくださってるからだって、勝手に思ってるんですよね…」。

 

どれだけこの地に残りたくても、ビザや諸々の条件がそれを許さず泣く泣く帰国していくひとたちも多い。そんななか、自分はこうしていまも声楽の勉強をしながらパリにいられる―。

 

いわゆるキリスト教徒ではないけれど、とチホコさんはいう。むかしからマリアさまに近しい気持ちを持っている、昔、日本で通っていた学校がミッション系だったからかもしれないけれど、と。

 

しみじみと話す彼女の隣で、わたしは言葉を失っていた。頭のなかをひとつの単語がグルグルとまわる。どうして?どうして気づかなかったんだろう。

 

「ノートルダム」―“Notre-Dame”、英語で“Our Lady”。

 

日本語では「我らの貴婦人」―、聖母マリアのことじゃないか!


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