それはまるで、誰かが完璧なセリフと配役を用意してくれていたかのようだった。あるいは、ちょうど出かけようとしたその瞬間にインターホンがなって、大切な手紙を持った郵便配達員が現れたかのような。
「わたし、パリはマリアさまの街だと思ってるんですよ」。
チホコさんに会えたのは、彼女がわたしにとってのメッセンジャーだったからなのではないかしら、とすら思う。わたしにそのひとことを伝えてくれるための、素敵な、完璧な、メッセンジャー。
そして思ったのだ。「あぁ、そうか、わたし、今回の旅はマリアさまに会いにきたんだ」と。誰が笑ったとしても、何ひとつ証明ができなくても、これはわたしにとっては真実だと噛み締めた。だって、「体」が先に納得したのだ。一瞬で。胸よりずっと下のほう、肚か胎で。いつものように、「頭」がわぁわぁと何かそれらしい反論や言い訳を始めるまえに。
それは、いつもほとんどすべてのことを「頭」でこねくりまわしてあーでもないこーでもないと悩み続け、結局答えなど見失ってしまう頭でっかちなわたしにとって、とても大きなことだった。こんな感覚が自分にもあったんだ、この感覚を忘れないでいたいと思った。そして、この感覚を味わえただけで本当に旅に出てよかったと思った。
ふふふ、と心のなかで密かに笑う。出発前に聞いた「のっとーだーむ」はノストラダムスじゃない、“Notre-Dame”(我らが貴婦人)、聖母マリアのことだったんだな。いや、なんかどうもピンとこないと思ってたんだけどね、そういうことだったのね。
56階の窓からみるパリの景色を思う存分楽しんだわたしたちは、夕暮れを前にお店を後にした。そこからモンパルナス墓地―各界の著名人が埋葬されている―に向かってまた街をてくてく歩く。
閉園時間ギリギリだった墓地を急いで通り抜け―守衛のお兄さんにムリをいって入れてもらった―、チホコさんがいう。
「みかちさん、奇跡のメダイユ教会ってご存知ですか?」
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1830年、修道女カタリナ・ラブレのまえに聖母マリアが現れ、メダイユ(メダル)をつくるようにと彼女に告げた。そしてパリでコレラが大流行した際、そのメダイをひとびとに配ったところコレラが収束したという言い伝えのある奇跡のメダイユ教会。
メダイユは現在でも販売されており、日本でも数年前、とある人気モデルやタレントが身につけていたことで有名になった。「奇跡のメダイユ」、それを手に入れるために、いまでは世界中から観光客が訪れるそうだ。
わたしは以前、そのメダイを友人からもらったことがあった。






